元・準ひきこもりのブログ

元・準ひきこもりがかつてを振り返る。現在準ひきこもりの大学生の一助となれたらいいっすね。

準ひきこもりを脱するには

準引きこもりを脱するには

前回の投稿をしてからアクセス数が増えています。サークルやゼミなど大学内に存在するコミュニティの閉鎖性について、思うところのある人がけっこういるのでしょうか。

準引きこもりの性質として、日常的に属するコミュニティを持っていないという点が挙げられます。
そしてこの性質は中々シビアな問題です。
もし「私は所属すべきコミュニティが無くとも別に構わない。何ら気にしない」という達観をしているのであればそれも良いでしょう。そのように生きていくこともまた人生ですし、それは強さであるのかもしれません。

 

しかし、現実問題として何らのコミュニティに属さず大学時代を過ごすことには一定のデメリットがあります。
例えば就職活動。「あなたは大学時代に何に打ち込みましたか?」という質問は面接やエントリーシートの定番です。この質問に限らず、採用担当者は就活生の社会性や協調性、キャラクターなどを探ろうとしてきます
多くの人はサークルやゼミなど、主に大学内コミュニティにおける経験をテーマにすることで、己の強みを伝えようとします。いや、最低限の社会性や協調性もそれにより示すのです。
人によっては学外の活動をネタにすることももちろんあるでしょう。

しかし我々準ひきこもりは、かような経験やコミュニティを持っていない。
そして少なくとも四年は通う大学という場で、途中からいかに準ひきこもりから脱するのか、社会性を持っていくのかと、いうのは重要な問題です。

 

そこでそれを打開するにはどうすればよいのでしょうか?
選択肢をいくつか考えてみましょう。

 

1、大学を中退し、別の大学に入り直す
2、今からサークルに入る
3、サークルを創る
4、サークルやゼミ、研究室といった学内コミュニティではない何かを始める。アルバイトや趣味など。

 

1はリスキーです。一度入った大学を辞め、他大学に入り直すことで仕切り直すという選択です。学費はもちろんかかりますし、親ももちろんショックでしょう。そして、やはり年齢が行き過ぎていれば他大に行っても馴染みづらさは付いて回るかもしれません。

 

2と3はオススメできる選択です。ただ既存のサークルに入り馴染むのは中々困難と思います。ですので自身のやってみたいことを考え、メンバーを募ってみるのも良い方法だと思います。

 

4の選択肢もオススメします。ご自身がやってみたいことがあるならば是非チャレンジしてみましょう。私の知人にもサークルなどはやっていなかったが趣味のDJをやり、留学をしたりする人もいました。

 

大学のコミュニティは閉鎖的かつ非流動的だ

大学内のコミュニティは意外と閉鎖的非流動的です。つまり途中から入って馴染むのは意外に難しい集団が多いということです。


一度ぼっちというポジションに位置してしまうと“大学内のコミュニティにおいて”リカバリーすることは容易ではないと思われます。

 

例えばサークル(または部活)は遅くとも一年生の夏休み前には入るのが通常でしょう。
多くのサークルは4月〜6月にかけて新入生歓迎会を催します。この期間にサークルを決めて加入する新入生がほとんどでしょう。

 

そしてこの時期を逃すと非常に入りづらくなると思います。

新歓の時期を経て仲間の人柄を知る。飲み会などで相手の良いところを知るかもしれない。場合によっては相手のダメなところを知るかもしれません。

その相手は失敗談なども開示してくれるかもしれない。そうした時間を経て仲間としての絆を深めていくのでしょう。

 

冒頭で閉鎖的で非流動的だと書きましたが、ある意味いたしかたのない面もあります。
多くの人にとって大学での人間関係の築き方は、中学高校での人間関係の築き方の延長線上にあるものです。

まずクラスがあり、そして何と無く気の合う仲間同士でつるむ。あるいは部活によって友達が増える。そんな形で学校内でのコミュニティが形成されていきます。先輩や後輩という関係も出てきます。

 

大学でもそれは同じ。後輩にいきなり3年生が入ってきたら扱いに困ってしまう人は多いでしょう。

日本の大学では基本的に20代後半以後の年齢の学生は少ないものです。

似たような年齢、似たような境遇、似たような趣味。そのような属性によって結びつくきらいが強いのが大学までのコミュニティなのです。

 

それに対して社会人は少し様相が違います。

プライベートで年の離れた者同士が遊ぶということはそう多くはないでしょうが、例えば転職や中途入社というものは何ら珍しくはありません。

転職などを通して何月だろうとバラバラの年齢、バックグラウンドを持った多様な人が会社に出入りするのです。そして元いた人々と共に仕事をしていくのです。

その意味で学生の頃の集団よりも遥かに流動的です。

 

準ひきこもりから抜け出すその糸口を考える上で、このような大学内コミュニティの性質を認識しておくことは必要であると思われます。

無論、現在準ひきこもりで抜け出したいと思っている方が、通っている大学内で自分が自然に馴染めるサークルなり委員会なり部活なりを見つけられるとするならば、それは是非参加されるのが良いと思います。

 

上記のような大学内コミュニティの特徴から言って、私はやはり大学外部に参加すべき組織を見つけ、自らを表現していくべきだと考えています。

「準ひきこもりを脱しよう」と思い始めたときのこと

私は大学2年の前期が終わるくらいのタイミングで「このままではマズい」と思い始めました。
「このまま」とはもちろん準ひきこもりの状態にあることです。
準ひきこもりとして一年以上も孤独な大学生活を続けてきて、なぜ当時の私はこんなことを思い始めたのでしょうか。

 

一番の理由は次のような考えを持つに至ったからでした。
「人は一人では生きてはいけない。このままでは何も起こらないし、悲しいこともないけれど心を動かされるような喜びも楽しみもない。このままこんな風に生きていけるわけがない」

 

準ひきこもりとなって人間関係の煩わしさからは解放されていました。

しかしそれと同時に人間関係があれば存在しているはずの喜びや楽しみ、感動といったものも同時失われている

そんな当たり前のことに気づき出したのです。

 

その頃には大学入学時に自分の中で打ち立てた「勉強と読書に専念する」という目的もだいぶ薄れていました。
人はあまり孤独になり過ぎると、色々なものに対してモチベーションが下がってきます。

高校までにはあった友人たちとの交流。目をかけてくれる先生もいました。
しかし、大学にはそうった存在がまるでありません。
人は人との交流の中で色々な刺激を受けている。そしてそれが自分の行動や感情の原動力になっている」ということを痛感したのです。

 

このままではいけない。生き方を変えなければ。

 

準ひきこもりを脱しようと考え出した理由はこれだけではありません。
すごく現実的な問題が単位の取得就活でした。


入った学科が文系なのに数学を使う必修授業が多く、数学の苦手な私は授業に付いていけなくなっていました。
友人がいたら何とか協力し合って単位取得もできるのにな」と考え始めていましたw
(これはちょっと安易な考えですね。でも多くの大学生が協力し合いながら単位を取得していることも事実だと思います)

 

そして就活です。

「このまま行ったら多分、いや間違いなく就活で話せるようなことが何もないだろう」。
孤独になることを優先して、気づかないようにしていた現実と向き合い始めました。

私の準ひきこもりとしての大学生活 その2

前回、大学に入学して早々に孤独になることを選んだと書きました。

サークルの勧誘には興味を示さず、アルバイトをするわけでもなく、淡々と大学の講義にだけは出る。

 

「読書と勉強に専念しよう。人間関係は一切無駄である」
本気でこんなことを考えていました。

 

自分でも「自分すげー嫌な奴だったな」と思う想い出が一つあります。

語学のクラスで一緒だった人が別の授業で隣の席に座って挨拶をしてくれたのに、私は即座にさらに隣の席に移動して避けたことがあります・・・

完全に失礼なことしていました。
もちろん彼はその後、私に話しかけてくれることもなかったです・・。

 

「とにかく一人にしてほしい!」。そんな気持ちを強く持っていました。

 

なぜ当時の私は一人きりになって本を読みたかったのでしょうか?

それは一度人間関係をリセットし、どう生きるべきか、どう人間関係を紡ぐべきかを考え直したかったからです。

私にとって大学に入るまでの特に中学・高校時代の人間関係は苦しいものでした。

もちろん楽しかったこともたくさんあるのですが、友人関係の中での自分の立ち位置に納得のいかないことが多く、自分が思うように振る舞えませんでした(これらはまた別の機会に書きたいと思います)。

 

ともあれ、このようにして私の準ひきこもり大学生活は順調に(?)スタートしていきました。

私の準ひきこもりとしての大学生活

準ひきこもりを脱するにはどうしたら良いかを書く前に、まず私がどのようにして準ひきこもりになったのかを記しておきます。

 

私は1年間の浪人を経て大学に入りました。

浪人をしているときに大学で何をするかを決めました。それが次の2つです。

 

1. とにかく本を読む

2.猛烈に勉強する

 

基本的に上記2つ以外の行動は全て蛇足であると考え、サークルやアルバイトなど一般的な大学生が精を出す活動は一切しないと決めておりました💧

 

はい・・。こんなことを考えている時点でボッチ真っしぐらです。

しかし、当時の自分には孤独になることが何より重要で、「大学とは勉強のために行き、友だちと遊んだりするような場所ではない!」などと考えていました。

 

今思えば「せっかくの大学生活をもったいねーな」と思います。笑

 

準ひきこもりとは?

準ひきこもりとは何でしょうか?

今から11年ほど前に富山国際大学国際教養学部専任講師の樋口康彦さんにより提唱された一部の大学生に見られる属性を表す概念です。

 

その特徴としては下記のようなものです。

 

・大学には通っており授業にも出席しているがサークルやゼミなど何らかのコミュニティに属していない

・大学に行くも多くの日はただ授業に出席するのみで誰とも会話することなく帰宅するという生活を送っている

・性格は概して真面目で、学力も低くはなく成績も悪くはない

・コミュニケーション力が低め

・寂しさを抱えながらも他者とのつながりを求めており、大学の教授・講師等の気を引こうとする傾向もみられる

 

他にも特徴としては挙げられていましたが、中には偏見(上記の中でも特に1番下の特徴などがそうだが)とも取れる表現も多いためここでは一部を記載するのみとしました。

いわゆる「ひきこもり」、つまり自宅や自室に閉じこもり家族以外とはコミュニケーションをとらず、働いたり学校に行くこともない状態とは異なります。

大学には通っているし、場合によってはごく少数の話せる知人もいる。

しかし、"大学生としての社会・集団参加" に極めて乏しい状態の人を指します。

はじめまして。元・準ひきこもりです。

はじめまして。元・準ひきこもりのユウと申します。

歳は30になります。

 

突然ですがみなさんは「準ひきこもり」という言葉をご存知でしょうか?

 

準ひきこもりは、2006年、樋口康彦が紀要『大学生における準ひきこもり行動に関する考察』の中で提唱した概念であり、大学には登校するが家族以外の人間とほとんど付き合いがなく、対人関係や、社会経験が不足している状態のことをいう。樋口は、この準ひきこもりが、ニートフリーター問題の隠された要因になっていると指摘しており、引きこもりのように部屋に閉じこもるわけではなく、問題が顕在化するのは就職活動期や大学卒業後と述べている。

ただし、準ひきこもりについての論文は、樋口以外のものはなく、肯定ないし否定する建設的検証がなされていないのが現状である。」

wikipediaより引用

 

恐らくここを見てくださっている方は今現在準ひきこもりである、あるいはかつてそうだったという方が多いのではないでしょうか?

 

かくいう私もかつて準ひきこもりでした。大学に入学した2006年から卒業する2012年まで、大学時代の多くを準ひきこもりとして過ごしました。

 

このブログでは私の準ひきこもりとしての大学生活を振り返りながら、今現在準ひきこもりで困っている方、悩んでいる方の一助となればと思い書き綴るものです。

よろしくお願いします❗️